デス・バレット・チャレンジ
西暦20XX年―、急速な医療の発達であらゆる病を克服したかに見えた人類だったが、世界は今、かつてない闇と恐怖に包まれていた。
デス・バレット・チャレンジ(Death Bullet Challenge)。銃弾を込めた拳銃で自らの頭を吹っ飛ばすか、さもなくば自分の最愛の人のこめかみを撃ち抜くか。
誰が始めたかすらはっきりしないが、一説にはドラッグパーティー中のアメリカの学生同士の悪ふざけから始まったとも言われている。だがそれは今やソーシャルメディアを通してアメリカだけでなく世界中で大流行の兆しを見せていた。
アイスウォーターチャレンジを上回るデスバレットチャレンジとは?
かつて世界ではごく短い間、アイス・バケット・チャレンジ(Ice Bucket Challenge)やアイスウォーターチャレンジと呼ばれる取り組みが流行したことがある。かつてのそれは難病として知られるALS(筋萎縮性側索硬化症)の支援運動のひとつだったという。
だが、今世界中で行われているそれはもはや目的さえも不明だった。デス・バレット・チャレンジのルールは簡単、大筋ではかつて流行ったアイス・バケット・チャレンジと変わらない。
はじめにチャレンジした人間が、自らの頭を拳銃で吹っ飛ばす様子を撮影し、それをフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアで公開する、あるいは自らの最愛の人間(主に息子や娘、両親、恋人、友人)のこめかみを撃ち抜く、あるいはその両方を行うかを選択する。そして次にやってもらいたい人物を3人指名し、指名された人物は24時間以内にいずれかの方法を選択する。
この運動はたちまち全米で大きな反響を呼び、各界の著名人たちが積極的にこの運動に参加を表明した。ボディブックCEOマイク・ザッカーバーグより指名されたマイクロソフトオンデマンド元会長ビル・ケインズはこのために自らの頭を吹き飛ばす装置を制作、それを使って自らの頭をトマトケチャップのように吹き飛ばす様子を動画で全世界に公開し、世界中に衝撃を与えた。
また20名以上のテネシー一族が一斉に自らの頭を拳銃で撃ち抜いた際(ちなみに20世紀の歴史に燦然と輝いたテネシー一族はこれを以って地上から完全に消滅した)、その中の一人エセル・テネシー(故ロバート・テネシーの妻)は次に拳銃自殺する人物として大統領のバラク・オハラを指名。
オハラは拳銃自殺する代わりに自らの最愛の人物をその手にかけることを表明、宣言通り24時間以内に妻のミシェル・オハラを拳銃で殺害、その様子を動画でアップロードした。
そのほか多数の人物が拳銃で自らの頭を頭を撃ち抜き、あるいはその最愛の人物を手にかけたことにより、世界は政治的にも経済的にも、あらゆるレベルで混乱をきたしていた。
人を本当に殺すのは銃弾ではなく猜疑心と悪意、恐怖と狂気
ブームは拳銃所持の自由化が認められて久しい日本国内においても盛り上がりを見せ、タレントのCHELLYがチャレンジを行って死亡したことを所属事務所が発表、その頃から著名人の間でデス・バレット・チャレンジが相次ぎ、損正義や山上伸弥らが拳銃自殺するなど、広がりを見せている。
一方で、お笑いコンビのウェスタンブーツ村田厚から指名された竹井翔のようにチャレンジ拒否を表明した著名人もいるが、後日竹井は死体となって発見された。当初は猛獣との格闘説も出たものの、調査の結果大人数での殴る蹴るなどの暴行による殺害と判明し、警察ではデス・バレット・チャレンジを拒否したことを快く思わない何者かによる集団リンチ殺人と見ている。
ブームは著名人だけでなくツイッターやフェイスブックを媒介として一般人の間でも瞬く間に広まり、連日拳銃による自殺、あるいは他殺事件の報道が後を絶たない。
会社の同僚、学校の同級生、先輩後輩、果ては家族内で、次は誰が自殺するのか?あるいは誰を殺すのか?そして次は誰が指名されるのか?
膨れ上がった疑心暗鬼は恐怖となり狂気となり、まだそこに所属する誰も指名されていない会社や学校、家族の間での凄惨な殺し合い事件も多発、ある学校では事件現場を訪れた警察関係者が自殺したというニュースからもその凄惨さの一端がうかがい知れる。
また、一家五人が殺し合いの末全員死亡(うち一名は自殺と見られる)した都内の現場を訪れた女性レポーターがテレビの生放送中に悲鳴を上げて発狂、カメラマンに襲いかかって目玉をえぐるなどの重傷を負わせた事件も記憶に新しい。
今世界を覆うこの混乱は明らかに狂乱としか言えない様相を呈している。だが果たしてこの流行は一過性のもので終わるのか、あるいは人類終焉のトリガーとなるのだろうか?
デスバレットチャレンジは狂った世界人類の終焉の引き金となるか?
それを見届けたい気もするが、私にはもはやそれは叶わない。そう、今から20時間ほど前に、私もまたデス・バレット・チャレンジに指名されたのだった。
私を指名したのは私の唯一無二の親友だった。彼は震える声で彼自身の最愛の家族、つまり彼の妻とまだ小学生の娘、それから私のことを次のチャレンジャーに指名した後、妻と娘の名を呼んで「愛しているよ」と言って微笑み、直後引き金を引いて自らのこめかみを撃ち抜いて自殺した。
その後彼の妻と娘がどうしたかはまだ聞いていない。というより、私はそれを聞く前に自分自身のデス・バレット・チャレンジを終わらせてしまいたいと思うのだ。そう、こんな狂った世の中も何もかも、引き金を引いて全部終わらせてしまえばいい。
幸か不幸か、私には友と言ってもすでに先に死んだ彼しかいなかったし、付き合っている女性も、家族と呼べる人間も誰もいない。ツイッターをはじめとするソーシャルメディアだけが私にとって唯一の居場所だった。
だから、私がデス・バレット・チャレンジに臨むにあたって指名するとしたら他に適役はいないだろう。そう、私が次のデス・バレット・チャレンジに指名する人間とは、他でもない今これを読んでいるあなただ。私は、そのためにこの文章を書いた。私自身の遺書として、そしてデス・バレット・チャレンジを次の人間―あなたに託すために。
さあ、準備は整った。後はこの文章をブログにアップし、ツイッターに更新を報告するだけだ。動画撮影の準備もできている。それがこの世で最後の笑顔になるのだ、せめて飛びきりの笑顔で狂ったように笑って死んでやろう。この狂った世界の何もかもを笑い飛ばしながら死んでやろう。
それでは私はここでさよならだ。と言ってももし天国や地獄があるのならすぐにまたお目にかかることもあるだろうが。もっとも次のチャレンジャーにあなたを指名した私が天国に行けるはずもないだろうが、あなたとて天国に行けるとは限るまい。まあいい。戯言も何もかももう十分だ。
では一足先に私はここで失礼させていただく。そしてあなた自身のデス・バレット・チャレンジ―今から24時間―、スタートだ。