まつたけのブログ

世界の片隅で愛を避ける孤独なキノコの魂の叫びを聞け!…聞いてください(◞‸◟)猫とマンガとアニメと嵐をこよなく愛するまつたけによるまつたけのブログ

自分がいなくなればいいと思ってしまう病気

自分がいなくなればいいんじゃないかと思ってしまう病気について書いてみる。

僕には友達がいない。友達ができない。たまに一瞬「あれ?もしかして友達ができたのかな?」と思ってもせいぜい数ヶ月と保たずに破綻する。

 

もちろんそんなのは自分がおかしいに決まっている。別に僕は「自分が悪い」とは思わないけど、「自分がおかしい」ということはいい加減うんざりするくらいわかっているし、ましてや「相手が悪い」なんて思う気持ちはこれっぽっちもないのだった。ただあまり人格障害とかを言い訳にしてしまうと、同じ人格障害でも僕みたいに安易に逃げたり切れたりぶっ壊したりせず、必死にがんばっている人もきっといると思うので、そういう人たちに申し訳ないからあまり自分のダメさを貶めたり自虐するのに「どうせ自分なんて◯◯だから」みたいな言い方はしたくないなと思うけど。

とはいうものの、メンヘラのお手本みたいにあらゆる人間関係が致命的に破綻していくこれまでの人生は、控えめに言ってあまり生きていて楽しいものではなかった。

これもものすごく控えめに言って、僕はあまり人から好かれるタイプの人間ではない。多少なりと興味を持ってくれる人は多分100人に数人、多少なりと好意を持ってくれる人はその数人を100人集めた中のさらに数人、とかそういうレベルだと思う。

そんな僕にとっては砂の中から金の粒(注:納豆ではない)を見つけ出すくらい難しい自分に好意を持ってくれる人たちと、必ずしもうまくいかない、というかむしろほとんど必ずうまくいかない、というのはちょっとしたプチ地獄だった。その状態は最近になってやっと人間関係のすべてを大部分あきらめられるようになるまで続いた。

ある意味で一対一の関係というのは後腐れがなくて楽だと思う。自分と相手との間だけの問題だから、解決に努めるのも、うまくいかずにお別れするのもすごくシンプルなことだと思う。人によっては一対一の関係は息が詰まるような感じがして3人、4人~と複数人の関係のほうが楽しいという人もいるみたいだけど、僕は3人以上の複数人になると一気に人間関係の難易度が桁違いに跳ね上がるのを感じる

たとえばAさんと仲よくなり、Bさんと仲よくなり、次にAさんとB さんが仲よくなる。本来なら大変結構なことなんだけど、僕の場合もうこの時点できな臭さを感じることも非常に多い。たとえばAさんとBさんの仲が悪くなってケンカしたりするとする。正直僕はあまり自分には関係ないことだと思ってしまう。ケンカの様子を見ていてAさんかわいそうだなとか、Bさんひどいなとか、そんなふうに思うことはあるかも知れないけど、基本的にそれはAさんとBさんの間の問題だと思ってしまう。なので実際にはこうした場合よくありがちな、「あなたはどっちの味方なんですか?」みたいなことを言われるといっぺんに気持ち悪くなってしまうし、「あなたのことは好きだけどA(B)さんと仲いいみたいなんで私は身を引きますね」みたいなことを言われたりすると、僕とAさんの関係は僕とAさんの間での問題だし、僕とBさんの関係は僕とBさんの間での問題じゃねえのかなあと思っている僕としては、なんかもう疲れてしまって「あっ、そうっすか、お疲れっした」くらいの返事を返すのが精いっぱいなのだった(実際そんな風になってしまったら例外なくAさんともBさんとも結局おしまいになるんだけどね)。

 

とはいうものの人間関係というのはそんな僕が考えているほどシンプルでも一筋縄でもないことはわかる。だからこそ僕みたいに頭も心も弱い人間はすぐに疲れて嫌になってしまうのだけど。

たとえばこれも自分つながりの人たち同士で仲よくなって何人かで仲よくしていたとする。うまくいっているときはみんなが仲よくて楽しそうにしてるんだけど、うまくいかなくなるとみんながぎこちなくなって苦痛に感じている気がする。そうなると僕はすぐ悲しくなって消えたくなる。消えたくなると言うのは自殺したくなるという意味ではないけど、その関係の中から消えたくなる。

単純に苦痛でしかなくなってしまった関係から逃げたいという気持ちもあるんだけど、それ以上に「自分がいなくなればいいんじゃないか」と思ってしまうともう居ても立ってもいられなくなる。なにしろいくらなんだってこんなに人間関係がことごとくうまくいかないのは自分がおかしいに決まっているのだ。その自分さえいなくなればこの人たちはまた前みたいに仲よくなれるんじゃないか、みんなで「なんだよあいつ」とか僕の悪口を言ったりしながら、なんだかんだで前みたいに楽しくやれるんじゃないか、そんなことを考えてしまうと、もう死にたいくらい苦しくなるし、まだ死にたくはないのでそれなら早く消えたい、自分がどっか消えようと思ってしまうのだった。

それで実際その人たちがまた前みたいに仲よくなれたのかとか楽しくやってるのかとか、それとも結局空中分解しちゃったのかとか、そんなことはわからない。そんなことは知らないし知りたくもない。結局空中分解してしまうのも悲しいし、かといって自分がいなくなってせいせいしたとばかりにみんなが楽しそうにしているのを見てもきっと僕は悲しくなってしまう。だからもう関係を切った以上はその人たちのことは一切関知しない。関与しない。ものすごい身勝手で無責任だけど、そんなふうにして逃げてきた関係もたくさんある。

すぐに人間関係が負担になってしまうし、そうなってしまった人間関係を真正面からなんとかしようとか解決しようとか思って取り組むことができない。そんな気力も精神力もない。そうなってしまったらもうお終いだ、少なくとも自分がいたらだめなんだ、早く消えよう、早く消えなきゃって思ってしまう。

そんな無責任な人間が都合よくみんなで仲よくできる仲間がほしいとかそんなことはもういまさら思わないけど、やっぱりふと思い出しては寂しくなったり苦しくなってしまうことはある。孤独でしかいられない自分の未熟さみたいなものを呪ったりどうやって治せばいいんだとかそんなことも考えないけど、自分は孤独でしかいられないんだなーってことを痛切に感じながらすることもないのに眠れるまでひたすらぼーっとパソコンのモニター画面を見つめながら眠れずに毎晩起きてたりする。寂しい。

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