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まつたけのブログ

世界の片隅で愛を避ける孤独なキノコの魂の叫びを聞け!…聞いてください(◞‸◟)猫とマンガとアニメと嵐をこよなく愛するまつたけによるまつたけのブログ

理想の睡眠時間は何時間?

人間は何時間眠ればいいんだろう?

人間にとって理想とか最適といえる睡眠時間ってあるのかな?

素人なんだから「科学的・客観的な最適理想の睡眠時間は何時間」なんてことはわからない(専門家だって結局言ってるのは一つの仮説でしかない)。

死ぬまでの人生を精一杯充実させるためには?という視点から、自分にとって理想・最適な睡眠時間について考えてみたでごんす。

 

理想の睡眠時間、最適な睡眠時間なんて唯一絶対の答えはない

理想の睡眠時間、最適な睡眠時間、そんなものがもしあるとしても、年齢差とか個体差、個人差も当然あるだろうし、厳密には一人の人間の中でも季節だったりその日の活動強度なんかで変わってきそう。

動物は動物的本能で当たり前に自然にできるそれを、人間は下手に大脳新皮質を発達させすぎてそういう本能的な部分が完全に麻痺してしまっている。

ただ眠るだけのことに関しても「何時間が理想の睡眠時間なのか?」とか「最適な睡眠時間は何時間か?」とか、「睡眠時間とパフォーマンスの関係」とか「睡眠時間と寿命の相関関係」とか、研究したり本を読んだり、「理想の睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠の90分のサイクルが~」とか知ったかぶらずにはいられない。

でもそれにしたってある研究者は理想の睡眠時間は7時間半だという人もいれば、6時間(あるいは4時間半)眠れば十分だという人もいる。9時間以上たっぷり眠ることが望ましいという人もいれば、9時間以上は眠り過ぎでありかえって寿命を縮めるとする研究結果もあったりする。

結論として、僕は結論は出ないという結論を出した。

理想の睡眠時間、最適の睡眠時間、1日何食食べるべきか?朝ご飯は食べるべきか食べないべきか?こういった研究が無駄だとか無意味だとは思わないけど、もうずっと昔からこれだけ科学が進んだ今に至ってもいまだにああだこうだと矛盾しあう研究結果が提出され続けている。

そこに科学的な答え、結論、唯一の解答、正解、そういったものを求めるのはあまり希望のない試みのような気がする。少なくとも今生きている僕たちが死ぬまでにそんなものがもたらされるかといえば限りなく怪しい。正解を待ち望んでいる間に最適な睡眠時間が何時間なのかもわからないままお迎えがきてしまいそうだ。早死しようと長生きしようと。

だったらもう「科学的・客観的な答え」なんていう宗教や迷信にすがるのはやめて、自分自身の体に本来的に備わっている(はずの)本能的な知恵にまかせてしまったほうがいい。それが僕が出した結論。

もちろん他の考え方としては「俺は短眠教信者だ」とか「私はロングスリーパーの教えを信仰するわ」というふうに自分で好きな宗派を選んで生きるのは人の勝手だしありだと思う。


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簡易的、仮想的な自殺としての超長時間睡眠

僕自身は今までの人生においてそれはもう異常な、病的なレベルの超ロングスリーパー。最低でも9時間睡眠は当たり前だし、さらに昼寝もたっぷりしたり、平均してだいたい毎日12時間くらいは寝ていたのではないかと思う。ロングスリーパーというよりもはやただの赤ちゃんである。ばーぶー!(o^@^o)

本当にそれだけの長時間睡眠を脳や心身が必要としているかどうかはわからない。ただ主には単純に起きていたくない、引いては生きていたくないという理由からひたすら毎日長時間眠り続けて暮らしてきた。要は、僕にとって眠ることは簡易的、仮想的な一種の自殺だった。

また、それでも十分に起きている間にやりたいことやしたいことをすることができた。なぜなら僕のやりたいことと言ってもせいぜい本を読むとかアニメを見るとかそのくらいだったから。

でも最近それでは明らかに間に合わなくなってきて、あまりにも時間が足りないことがストレスになってきた。これでは本末転倒である。せっかく生きてるんだし。どうせ死んだら好きなだけ、文字通り永遠に眠り続けられるのだから、生きている間は、なにかしら起きて活動したいと思うようになった。

それにあたって1日9時間だの12時間だのといった長時間睡眠はあまりにも活動時間がなさすぎる。仕事の拘束時間なども込みで考えたら、これでは起きて仕事に行って帰ってきて眠る、というだけのまるで馬車馬か奴隷のような人生になってしまう(もちろんそんな贅沢にたっぷり眠ることを許された奴隷などいないが)。

今までのようなロングスリーパーであることは自分が楽しく生きていくにあたってはあまりにも致命的なハンディキャップであるというのが偽らざる僕の実感。

どうせいくら寝たって眠いんだから、だったらそんなに寝なくていい

それと、そもそも論として、僕は9時間も12時間もアホみたいによだれを垂らして惰眠を貪って、それで心身ともにすっきり起床、1日を最高の気分で快適に、素晴らしいパフォーマンスを発揮しながら活動することができていたかというと、もちろんそんなことはない。

むしろ、いくら眠っても眠い、寝足りないというあまりにも贅沢すぎる不満しか感じていないのだった。

それならばいっそ、そんな無駄でもったいないことを思うくらいならばいっそ、どうせ眠っても眠っても眠いというのならいっそ、そんなにたくさんアホみたいに眠る必要はないのではないか?

どうせ僕にとっては「満足のいく睡眠時間」なんて生きている間は永遠にありえないのだ。それこそ本当に満足いくまで眠れるのは人生が終わって永眠できたときだけだ。

それならば「満足の行く睡眠」なんて幻想を求めて起きている時間・生きている時間を圧迫してしまうのは愚かさの極みだ。あるいはそのストレスがさらに病的な睡眠過多に拍車をかけるような悪循環にもなりかねない。

というわけで、思い切って睡眠時間を減らしてみようと思う。それも、1時間や2時間減らしたところで大して変化らしい変化も感じられないしわからないと思うので、どうせなら大胆に半分以下に減らしてしまおう。

今まで9時間~12時間以上寝ていたのだから、これからは基本毎日の睡眠時間を4時間半にしてみようと思う。もちろんそれではあまりにも無理があるというようなことなら体調やメンタル、脳の覚醒具合に合わせて昼寝をしたり仮眠をしてみたり休日に6時間~7時間半まとめて眠って睡眠不足をチャラにしたり、試行錯誤しながら適宜やっていこう。

どうせいくら健康に気を遣ったところで長生きできる保証なんてない

でももし睡眠時間を4時間半に減らしたところで、大して今までと心身の不調や疲労感、倦怠感、脳のポンコツぶりやパフォーマンスの低調ぶりが変わらないのであれば、どうせ心身の不調や疲労感、倦怠感、脳のポンコツぶりやパフォーマンスの低調ぶりは変わらないなりに、4時間半以上もの時間をまるまる自分の人生のために自由に使える時間として手に入れることになる。これは挑戦してみない手はないだろう。

というわけで、一抹の寂しさも覚えつつ、今までの赤ちゃん生活とはお別れして、睡眠不足でさっさと死ねる方向性に人生をシフトチェンジしてみよう。それにどうせ「こう生きれば長生きできる」なんて保証はどこにも誰にもありはしないのだ。

睡眠だろうと食事だろうとセックスだろうと、いくら心身の健康に気を配ろうと、人間死ぬときは死ぬのだ。それもいつまで生きるかなんて何の保証も前触れもなく、あるとき突然死んでしまうかもしれない。事故死、病死、急死、突然死、不慮の死、天災。明日の世界がどうなっているかも僕は知らないし、僕自身3秒後に生きている保証なんてどこにもない

だから、生きている間にせいぜい生きておくことだ、せいぜい起きていることだ。

睡眠時間を増やすより睡眠回数を増やしたほうが幸福になれる

睡眠は最高の幸福だけど、どうせ寝ている間は幸福の実感すらもない。幸福を感じるのはふとんに入って眠りにつくまでの間、寝入りばなの間だけだ。それは睡眠時間によってではなく睡眠の回数によってもたらされる。

それならむしろ一回にまとめて9時間も12時間もアホみたいに眠るよりも、3時間でも4時間半でも小分けにして眠る(分割睡眠)とか、昼寝や仮眠の時間をつくって睡眠回数を増やしたほうが単純に幸福度も上がる

それに、これはあくまで仮説だけど、今までの僕のような異常な超ロングスリーパーというのは、どうせろくな睡眠の質なんて確保されていないのだ。要は熟睡してないしできていない。裏を返せばだからこそそんなアホみたいな睡眠時間を必要としていたとも言える。

乱暴な話、思い切って睡眠時間を大胆に減らしてしまえば、いやでも脳と体がそれに対応すべく眠りの質を改善して熟睡できる体質に変わるんじゃないか。そんな何の根拠もない楽観的な期待と予測を胸に、早速今日から4時間半睡眠生活、始めてみようと思う。

 

・・・って記事を書いた後14時間眠り続けました。おしまい。


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