まつたけのブログ

世界の片隅で愛を避ける孤独なキノコの魂の叫びを聞け!…聞いてください(◞‸◟)猫とマンガとアニメと嵐をこよなく愛するまつたけによるまつたけのブログ

愛の対義語は無関心とか言う奴

愛の反対語は憎しみではなく無関心です。 ーマザー・テレサ

って本当かな?本当に愛の対義語は憎しみじゃなくて無関心なのかな?って話。

「愛の反対語は憎しみではなく無関心」っていうのも、言いたいことのニュアンスとしてはわかる気がするけど、変に憎んだり憎まれたりしつこく粘着されるより、無関心でいてくれたほうがよっぽどましだと思う。そういうお話。

粘着とか嫌がらせとかする人の関心がわからないし気持ち悪い

気持ち悪い人たちにいつまでもしつこく粘着されたりするの、うんざりさせられるし本当にうっとうしい。そんな関心抱いてほしいなんて思ってないし、間違ってもそんな気持ち悪い人に愛されたいなんて思ってないから、どうか無関心でいてほしい。そしてどこかへ消えてほしい。心からそう思う。

人がなにしてようと基本的にどうでもいい。この人嫌だなって思うことはあるけど、自分に関係ない人のことでなんで嫌だなと思ってわざわざ自分から関わるのかがわからない。

僕はあまりに自閉的過ぎるのかもしれないけど、別にそんなに悪いことだとも自分では思ってない。少なくとも嫌いな人間にわざわざ粘着したりいつまでもしつこく嫌がらせをしたり、そんなことをする人よりはましだと思う。

そういう連中のことは心底気持ち悪いと思うと同時に、そこまで他人に関心が持てるというのはある意味すごいと思う。まあそんな関心の持たれ方をする側にとっては本当に迷惑でしかないし気持ち悪いからやめてほしいけど。

自分の空っぽさを悪意という関心で満たす人たち

多分、そういう人って自分自身が空っぽだから、自分で自分を支えていられないんだと思う。

で、そのときに、自分の好きなものや好きな人たちのことを考えて自分を支えようとするんじゃなくて、自分の嫌いな人間に嫌がらせをしたりして嫌な気持ちにすることで空っぽな自分を満たした気持ちになって安心する生き物なんだと思う。

自分ひとりじゃ自分自身を支えられないという意味ではたしかに同じかもしれないけど、でもそこで好きな人たちと仲よくしたり好きなことやものに触れて自分を満たそうとするか、嫌いな人間にしつこく嫌がらせをしたりして自分を満たそうとするか、ずいぶんな違いだなーって白目になる。

個人的には本当に嫌な話だと思うけど、ネットってそういう人間の陰湿な悪意みたいなものが一定以上評価されてしまう場所なんだろうなってことは思う。

だからそういう気持ちの悪い悪意の塊みたいな人間が、最悪自分がやっていることが嫌がらせだという自覚もないまま、面白がってけしかけるだけのまわりのアホどもに支持されていると勘違いして、ヘタすれば世直しくらいのつもりで得意になってやってるのかなって思うと本当に絶望的な気持ちになる。

悪意に満ちた関心を持たれるより無関心でいてくれたほうがまし

多分マザー・テレサが言いたかった主眼は、無関心の冷たさとか寂しさみたいなことだったのかなって思うし、それはそれでわかる気はする。

もっとあなたからの関心や助けを必要としている人がいるんだから、そういう人に無関心でいるんじゃなくてもっと関心を持ってあげて、ってことならわかる。

でもそういう人たちに関心を向けるんじゃなくて、自分が攻撃したり嫌がらせできる相手ばかり常に探してる、みたいな人のことがこわい。その対象が自分だろうとなかろうと、もうそういう人が存在するってこと自体がこわい。

少なくとも僕は変に他人様に難癖をつけて絡んだり、あるいは匿名の場所でデマや嘘を言いふらしたり、そういう関心の持ち方をしたりされたりするくらいなら、愛なんて1ミリも無い無関心のほうがよっぽどましだと思ってる。

誰彼となく関心を持っていちいち口出しするようなエネルギーがない

まあ自分の他人に対しての興味のなさ、関心のなさは、見る人から見れば寂しいことなんだろうな、ってことは少しくらいは思わないでもない。

でも別に誰にも興味が持てないとかそういうわけではないし、ただ誰彼となく関心を持って手当たり次第に口出ししたり粘着して嫌がらせしたりしないと気がすまない人のことがわからないだけ。わかりたくないだけ。

もちろん自分にだって面白いと思う人とか、好きだと思う人、興味のある人も少しくらいはいる。仲よくしてくれる人もいるし、そもそも相手は僕のことなんて知らないけど一方的に面白いなーって思ってる人もいる。

でもそういう相手にしても、だからこっちから絡んでいって仲よくしてほしいとか仲よくなりたいとはあんまり思わない。結局好きな人に対してすらそこまで他人にコミットしていく熱量やエネルギーがないんだと思う。

こういうことを言うとまた「そんなんじゃだめだ!」ってお説教してくる人がいるんだろうけど、正直僕はそういうのがもううっとうしいと思ってしまう。暑苦しくて、気持ちが悪い。

別に誰に関心を持つかどうかくらい自分で決めるし、少なくともお前には1ミリも興味ねえから消えてくれよ、って思ってしまう。

平和な森のお茶会を邪魔する密猟者共に死を!

もちろんそれも悪いことばっかりではなくて、関心を持つものや人は絞ったほうが、自分の見たり聴いたり、感じたりする範囲を限定できる分、不快なものや嫌いなものをわざわざ目に入れて嫌な気持ちになるようなリスクが少ない。

でも裏を返せば、どこまでいっても予測可能な程度のことしか起こらない世界ということでもある。冒険がなにもない。平穏で、自分を脅かすものがない。脅威がないということは、とても平和で、安穏としていて、そして新しい可能性もそれほど残されてはいないのかもしれない。

でも僕はそれでいいやって思ってる。そんなのって人それぞれの生き方の選択の問題でしかないと思う。誰に関心を持つかどうかくらい自分で決めるし、なんの興味もないやつにしつこく粘着されても正直うっとうしくて気持ち悪いだけっていうのが本音。

僕はどちらかと言えば、フワフワした森の妖精さんたちと、紅茶セットと甘いイチゴジャムで森のお茶会を楽しみたいタイプ

突如としてそこに押し入ってきてマシンガンを乱射してくるような無粋な密猟者共は自然と動物たちを愛するジャングルの王者ターちゃんにこてんぱんにやられてしまえばいいと思う。ルール無用の残虐ファイトも大概にしてほしい。

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森のお茶会。完全にかわいい。


大好き! アフタヌーンティー 永久保存版

好きな人だけ溺愛して嫌いな人には無関心に生きていきたい

少なくとも僕は憎んだり憎まれたりするよりも無関心のほうが1000万倍まし。なんで嫌いな人のことでわざわざ人を憎んだりするようなエネルギーを使うことをしなくちゃいけないんだよって思う。

ましてや気持ち悪い人たちに粘着とかマジでされたくない。愛してなんてくれなくていいから、お願いだから無関心でいてほしいって思う。そうすれば平和でいられるのに。ああ、どうして世界から争いや戦争はなくならないのだろう?

またひとしずくの涙が世界にこぼれた。

見上げた星空はそんな悩みにはどこまでも無関心に美しく、ただ静かに燦めいているのだった。

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この戦争が終わったら、
俺、あの子と結婚するんだ…

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    しーJ
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ミ^゙ ミ^~゙゙゙ミ゙~゙゙ミ
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ひろさちやの「無関心」のすすめ


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マザー・テレサ 愛と祈りのことば (PHP文庫)