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まつたけのブログ

世界の片隅で愛を避ける孤独なキノコの魂の叫びを聞け!…聞いてください(◞‸◟)猫とマンガとアニメと嵐をこよなく愛するまつたけによるまつたけのブログ

人生の虚しさについて

人生 自分 考えごと

人生の虚しさについて書いてみまする。

人生の虚しさ

年の瀬なので人生の虚しさについて書いてみます。世間様では年の暮れですが僕は年中無休で途方に暮れております。そういう話です。やるせナッシングな話です。

 

人生は虚しい

人生の虚しさについてって言っても人のことまでは知りません。僕は僕の人生のことしか知りません。なので僕は僕の人生の虚しさについて書くだけであって、いちいち…まあいいや、始めよう。

物心ついてからというもの、人生が虚しいです。いつも心にぽっかり穴が開いてるみたいで虚しいです。苦しいです。

今でも小学校の頃とか学校からうちに帰ってランドセルを置いた瞬間に感じていた自分の中の途方もない空漠感とか虚無感が忘れられない。というかいまだにあれが続いている。

なにかすることがなくなってしまった途端に空っぽの自分というか、空っぽの感じに襲われて押し潰されそうになっていました。で、こわくて誰と遊ぶ約束をしているでもなくてもとにかく外に出てあっち行ったりこっち行ったり自転車を漕ぎまくっていたような記憶がある。なにもすることなくうちにいるよりはましだったから。

子供の頃はそれでいいけどおとなになってからも自分が空っぽだと大変困ります。なぜならなんの職分も持たないような無産者はおまんまを食っていけないからです。屋根の下で寝ることができないからです。

もちろん正確に言えばそれでも頼る親や身内がいる人はおまんまを食ったり屋根の下で寝ることができるのですが、頼る身内なども持たない本当になにもない人間はどうしようもありません。

早い話が働かないとお金稼げないよ、お金がないと生活していけないよっていう死ぬほど当たり前の話なんですけど、世の中にはほんとになんの能力もない人間というのが例外的に存在するのです。「仕事なんて選ばなければいくらでもある」という人は立派だと思いますが、仕事のほうに選んでもらえない本当にダメな奴というのも世の中には例外的にごく少数存在します。イレギュラーです。社会の不良品です。そして、それが僕です。

だもんで、迫り来る借金の限度額に怯えながら無職の暇を持て余して呻吟しているというありさまでござる。singingじゃないよ、呻吟だよ。singingするような陽気なテンションじゃないよ、むしろ毎日めちゃくちゃ暗いです。

毎日の生きがいのNASA

もちろんみんながみんな就きたかった仕事や天職だと思える仕事に就いているわけではないだろうし、それでもみんながんばってるんだろうなーって思うと本当に頭が下がります。そういう仕事でも仕事をしている間は嫌なことや余計なことを考えずにいられるという話をよく聞く。いいことなのか悪いことなのかわからないけど、僕なんかから見たらそれはそれで十分立派というか、尊いことだなーと思ってしまう。

僕にはまっとうな社会人がそうして考える暇もなく一生懸命に働いている時間がまるまる暇なので、そして暇と言っても社長夫人の有閑マダムとか資産を築いて引退した経営者が持て余しているような暇とはまるで性質が異なるものだから、その暇をひたすら呻吟したり悶絶したりして過ごしています。そんなことしたって一銭もお給料はもらえないのにね。そんなことしたって一円も借金の利子も返せないのにね。クズはつらいぽよ。略してクズぽよ。略しすぎたぽよ。。。

10代の頃はけっこう真剣にがんばって生きていました。というか、気持ちの上では死に物狂いで必死に生きていました。早く地獄みたいな人生から抜け出したかった。やりがいのある仕事ってなんだろうとか、自分はどんな生き方がしたいんだろうとか毎日白髪だらけになるまで悩みまくっていました。

でもその後とりあえず地獄みたいな環境を抜け出してしまったら、気が緩んだのかもういろいろ限界だったのか、べちゃっと潰れてしまった。スライムみたいに。それはもう陸に打ち上げられたアンコウのように、べちゃっと。もうなんでもいいやとか、どうでもいいやみたいになってしまったのかもしれない。その当然の結果として今に至るわけでごじゃいます。


生きる意味 (はじめての哲学)

やりがいもない、生きがいもない、なにもない

で、なにが言いたかったかというと、やりがいのある仕事とか生きがいのある人生ってあるのかなってことです。しつこいようですが人のことまでは知りません。ていうかやりがいのある仕事や生きがいのある人生について話にはよく聞くので、やりがいのある仕事をしていたり生きがいのある人生を生きている立派な人はたくさんいるんだろうと思います。

でも自分自身に関する限り、なんかどうにもならないような気がする。昔から思ってたんだけど、人間の根本的な土台とか根っこの部分が完全に腐ったり歪み切ってしまっているのでどうにもならないような気がする。残念だけどしょうがない、というしかないような人間も世の中にはごくごく少数いるんじゃないでしょうか。

なんの興味も才能もないとばかり思っていたけど実は今更自分にはこんな眠っていたすごい才能があった!・・・みたいな展開が万が一今後訪れたとして、それで自分がしあわせになったりもう虚しくなくなったりしているところがどうにも想像できない。それともほんとにそんなふうになったら人生楽しくなるんだろうか。想像がつきません。

あるいは人間関係。今更すごい心許せる親友ができたとか超絶かわいい彼女ができたとか超絶かわいいお嫁さんができたとか超絶かわいい子供ができたとか、億が一そうした展開が今後訪れたとしても、それで自分がしあわせになったりもう虚しくなくなったりしているところがやっぱり想像できない。それともほんとにそんなふうになったら人生楽しくなるんだろうか。想像がつきません。

っていうかそもそもそういう状況がちゃんとリアルに想像すらできないのでほんとにそうなったらそのとき自分がどう思うのかとかどう感じるのかとかどんなふうになるのかとか想像できないし、わかるはずがないんだけど。

でもちゃんと想像できないとか、多分そうなんだろうなとか、どうせそうなんだろうなとしか思えないから、いまいちがんばろうという気も起きない。べしゃっと潰れて地面にへばりついたスライムのまま身動き取れずに死んでいくような気がします。せめて僕がアンコウなら吊るし切り名人に捌かれておいしく食べてもらうこともできたのに。どうして僕はアンコウに生まれてこなかったのか、本当に残念です。

別にアンコウの吊るし切りみたいな職能じゃなくても、金になるとかそれで飯が食えるとかでなくても、自分がそれを好きだからやっているとか楽しいからやっているってものがある人はすごく素敵だと思う。でも自分にはそういうものもなにもない。ほんとに暇すぎて死んじゃいそうとか虚しすぎて発狂しそうと思ってなんかツイッターでつぶやいたりこうしてブログになにか書いたり昔のゲームで遊んだり映画を観たりアニメを見たりして時間を潰すけど、別に本当にそれが好きかとか心底楽しいかとか問い詰められたら泣いてしまう自信があります(なのでやめてください)。

どうしようもない奴のどうしようもない人生

われながら本当にどうしようもないなあと思う。こういう記事を書いて読んだ世間の人様にどう思われるかも完璧にわかっている。どう言われるかも完璧にわかっている。だからそれに対して弁明めいたことを言っても一切意味なんてなくて無駄なこともわかっている。だから弁明めいたことを言う気もないけど、ただただ、本当にどうしようもないなあと思う。

きっと死ぬまでこうなんだろうな。で、今日にでも首を吊るとか電車に飛び込むとかあるいは頭の上に隕石が降ってくるとか自分の部屋にダンプが突っ込んで来るとかでもしない限り、多分僕はこのまま生きていると30歳になったりするし、あまりにも見えなすぎて想像もつかないけどさらにそれから10年経てば(というか10年保てば)40歳になったりするんだろう。

まあ40歳まで自分が生きてたとしたらその頃には間違いなくちょっとしたベテランホームレスになってるんだろうなとか寒い想像しかできない。いや、ホームレスって言ったってちゃんと(世間の「ちゃんと」とは違うかもしれないけど)生きてるんだからすごいよな、偉いよなって思ってしまう。自分にはホームレスも務まる気がしない。

ホームレスの人って戸籍とかどうなってるんだろう。家族とか親戚とか。もう自然に縁が切れてる形なのかな。それは少し憧れるな。しがらみなく生きられることは素敵だと思う。

人の一生は重き荷を負いて遠き道を往くが如し

なんか昔から自分にとって人生って与えられたチャンスとかやりたいことをするために与えられたワクワクする時間という認識がない。むしろ課せられた義務とかもっと言えば科せられた刑罰のような認識だったりします。

今日もこれから入院している認知症の祖母のお見舞いに行ってきます。親とも多分会うことになるので緊張します。いまだに親と会うときは常にどんな最悪の事態でもありえるってことを覚悟している。覚悟しておかないとかえって苦しい思いをすることになるから。でも今日なんてそんな予定しかなくても予定があるだけましなのかな。することがなにもなくて自分や人生に絶望しているだけの時間を過ごすよりはいくらかでもましなのかもしれない。

もうとっくに気づいてるかもしれないけどこの記事は病院に出かけるまでの半端な時間を潰すために手慰みに書いた記事でした。はー、人生は虚しいずら。人生は途方もなく虚しく、途方もなく寂しく、途方もなく悲しく、途方もなく苦しいものずら。それでも生きている間は生きていくしかないんずら。きっと死ぬまで楽になんてなれないずら。せいぜい生きてる間は呻いて喘いで呻吟するしかないんずら。

でもたまには生きてる間に笑って踊ってsingingできたらいいなあずら。そんな感じずら。それじゃそろそろ語尾も不自然になってきたし病院に行ってきますずら。自分も通院したほうがいいんだろうけど、お金もないしいまさら診断名だけもらっても特にメリットとかもないような気がするしこのままでいいや。みなさんは素敵な年の瀬をお過ごしくださいませ~!(=^・^=)おしまい

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