まつたけのブログ

世界の片隅で愛を避ける孤独なキノコの魂の叫びを聞け!…聞いてください(◞‸◟)猫とマンガとアニメと嵐をこよなく愛するまつたけによるまつたけのブログ

自分にまっすぐな人はかっこいい

僕はめちゃくちゃミーハーな性格なので、「きゃー!自分にまっすぐな人ってかっこいい!!!!( ♥ᴗ♥人)」みたいなミーハーチックな記事を書いてみますね。

突然ですけど自分にまっすぐな人ってかっこいいですよね。自分にまっすぐな人のことをかっこいいと思わない人がいるだろうか、いや、いない

間違ってもいい。自分にまっすぐな人が好き。当然ぶつかったり痛い目を見ることもある。悪く言われもする。でも間違いだと思えば正せばいい。自分は間違ってないと思えば孤立無援でも負け惜しみの一つも吐きながらポケットに手を突っ込んでやせ我慢でも強がって立っていればいい。

そんな古きよき硬派な時代の一匹狼のヤンキーみたいな生き方に憧れる。・・・いや、それはないな。ごめんなさい、今のは忘れてください、なんでもないです。

あたしだってたまにはかっこいいことが言ってみたい

いや、突然なんでそんなこっ恥ずかしいミーハー趣味を丸出しにしているのかというと、最近ちょっと素敵だなって思う言葉を他の人のブログを読んでいて見つけたんですよね。

すくなくとも僕は、まつたけさんの書かれる姿勢はまっすぐだと思う。もちろん、僕もそうだけど、「まっすぐ」には間違いも含まれていて、いつも正しいとは限らないのだけど。でも、「まっすぐ」であることに疑いの余地はない。

か、か、か、かーっこいい!!!!!( ♥ᴗ♥人)もちろんその「まっすぐ」には間違いも含まれていて、いつも正しいとは限らないのだけど。でも、「まっすぐ」であることに疑いの余地はない。か、か、か、かーっこいい!!!!!( ♥ᴗ♥人)(しつこい)ナチュラルにパクってしまったほどかっこいい!!!!!

なんとかしてこのセリフ僕が言ったことになんねえかな?ってくらいこの言葉は木更津生まれのヤンキー育ち、「大人になんてなりたくねぇんだよ!」っていい歳して特攻服に身を包みリーゼントをなびかせるロックでセロニアスな永遠の16歳の僕のピュアなハートを撃ち抜いたのだった。

思えばあいつはいつでも殿を買って出た(※「との」じゃないよ、「しんがり」だよ。最後尾ってことだよ)。ほんとは誰よりも速く夜の国道というサーキットを駆け抜ける狼だったあいつは、マッポのパトカーやヤー公のベンツと遊ぶときにはいつだって自分から殿を買って出た。

あいつにはいつだって自分の進むべき道が見えていた。いつだったか「俺にはそこを走るべきコースがキラキラと光って見える。その光のラインの上を走っているとき、俺は誰よりも速く走れるって思えるんだ。お前にも見せてやりたいよ。まるで富山湾の海岸に打ち上げられたホタルイカみたいにきれいなんだぜ?」って言って笑っていたっけ。

富山湾の海岸に打ち上げられたホタルイカの例えはあんまりだと思ったけど、そんなことはどうでもいい。あいつはポエジーのなんたるかはわからないただのスピードジャンキーだったけど、いつだってまっすぐに生きていた。だから俺たちもあいつが後ろにいてくれればいつだって安心して前を走っていられた。でもそのあいつも今はもういない・・・。

・・・なんだこれ?この話いつかどこかでつながるだろって思ったけどどこにもつながらなかったしそもそもこんな思い出最初からなかった。完全に捏造だった。疲れたから非実在のあいつの話はもうやめますね。


MY WAY (CD+DVD) [ 氣志團 ]

昔尾崎豊さんとか氣志團に憧れて車の免許も持ってないのにバイクの中免を取った。で、初めて譲ってもらったホンダの改造NSRに乗ってうちに帰るまでの間に300回くらいエンストして700回くらい死にそうになったあの日が僕の最初で最後のOne Night Carnival。マジでピリオドの向こうに逝きかけた。それ以来バイクには乗ってない。ある日うちに帰るとNSRは姿を消していた。数日後警察から廃車の状態で見つかったと連絡があった。それから氣志團も聴いてない。もう僕の前で二度とバイクの話はしないでほしい。

天に向かってまっすぐに生え、人のセリフをまっすぐにパクるキノコ

まっすぐに生きている人に対して、たとえば誰に対してもいい顔したいだけみたいな人は嫌なものだ、というか、わざわざ嫌う価値もない。自分の意見や信念を言うでもない。空気を読みながら善人ぶって当り障りのないことを言う。

いや、ただ誰にも嫌われたくないだけの人ならどうでもいいんだけど、「これだったら誰にも反論されないだろう」というときだけ大声で「これが俺の信念だ!」と威張って見せる人のいやらしさには聞く耳を持てない。そんな人間性の薄っぺらい人間に胸を張られても「はいはい、わかったわかった、偉い偉い」って顔も向けずに言いながら脇を通り抜けるしかない。

普段やたらに気骨のある俺アピールをしている人とか、信念のある私アピールをしている人って、もしかしたら本当は自分の中にそういう軸になるものがなにもなくて、まっすぐ貫けるものがなにもなくて、だから不安で、自他に対して自分が軸もなにもないブレブレの人間だってことをバレたくなくて、それでやたらに「これが俺の生き様ぜよ」みたいなことを言いたがってしまうのかもしれない(※土佐の人になんら悪意はございません。表現上の演出ですのでご了承ください)。

逆境とか苦境って、もちろんその中にいるときはすごくつらいし嫌なものだけど、過ぎてみればそんなに悪いものでもないと思えるんじゃないかって気がする。っていうのもそういうときほど本当のことがよくわかるから。

調子いいときはいい顔してすり寄ってきてもちょっと落ち目になると途端によりつかなくなる奴とか、落ち目になったと見るや急にうれしそうにまわりと一緒になって叩き始める奴。他の誰も味方してくれないようなときでもかばってくれる人。いろんな人がいるし、そういうときほどいろんなことがわかる。

そこで明らかになったことを無駄にしないで大切にしていけばそんなに大きく間違えることはない気がする。そういう意味で逆境や苦境がもたらしてくれるものは財産になり得る(といいな)。

・・・さっきからなに言ってんだこいつ???ちょっと今回の記事はいつにも増して自分でもなにを言っているのかよくわからない蛇行運転みたいな話になってしまった感もありつつ、強引に話を戻しますと僕もすくすくまっすぐに育てたらいいなって思うって話です(なにしろ16歳はまだ成長期なのです)。

まつたけさんのまつたけさんは右曲がりのダンディーだけど、僕自身はまっすぐに生きていけたらいいなって思う。もちろん、その「まっすぐ」には間違いも含まれていて、いつも正しいとは限らないのだけど。でも、「まっすぐ」であることに疑いの余地はない。・・・僕はそう思う

もし共感したりいいこと言うなって思ってもらえたなら、自由に使ってくれてかまいません。ただその際はくれぐれも「こないだまつたけさんがブログで言ってたんだけど・・・」ってつけるのを忘れないでください。よろしくお願いします。おしまい。


坂村真民 詩集 自分の道をまっすぐゆこう